ホットチョコレート体験の原点はバイト先のティーラウンジだ。オペラやバレエも上演される大ホール、気鋭の演出家の芝居が観られる劇場、流行りのフランス映画がかかる映画館、ほかにも美術館やギャラリー、いくつかのカフェが入っていて、まさしく「文化」の村としか言いようのないその施設。
パトリス・ルコントの『橋の上の娘』がロングランヒットしていた。上映時間が近付くたび一日に何回も流れる館内アナウンスに、どんな物語なのか想像を膨らませたが、観にはいかなかった。岩松了が演出していたチェーホフの『かもめ』は観たが、むずかしくてよくわからなかった。中島みゆきの『夜会』が始まると年の瀬を実感し、大晦日のクラシックコンサートが終演する新年直前までシフトに入る。だいたいそんな感じでヒマな大学生が4回の年末を過ごした。
さまざまエンタメを楽しみに来られた方々が主な客なので、朝のお茶から夜のバーまで幅広いメニューがあったのだが、中でもホットチョコレートの供し方を知れたことが思い出深い。パントリー担当が大量のチョコ(店で販売もしていたオリジナルのタブレットチョコレートだった)の銀紙を1枚ずつ剥いて、大きなボウルに投入し、じっくり湯煎してなめらかになるまで仕込んでいた。それをゆるめに立てた生クリームと一緒に、ホットならポットで、アイスならロンググラスに注いでサーブする。これがしっかり濃くて、おいしい。そりゃそうだ、もともとおいしいチョコレートをあれだけ念入りに溶かしたんだもの。手間がかかっていたのだ。
時は流れ2022年、久しぶりにその館で、なつかしさと期待を込めてホットチョコレートをオーダーした。すると記憶とはまったく別のものが出てきた。人と時間とチョコレート。長い年月をかけて、そのどれもを少しずつ省いていったような、うすい味だった。建物は2023年春に休館が決まっている。
さみしい気持ちを癒してくれたのが、近所のカルディで出会ったこちら。スペインの老舗チョコメーカーのホットチョコレートらしい。ココアの類に入れたくなるようなインスタント系とは一線を画す本格派のパッケージに惹かれてためしに家で作ってみたら、もったり濃厚で、とてもおいしい。
Written by Saya Kawada (Town)