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TALK WITH EGUCHI-SAN

MITOSAYAの江口宏志さんに、アートディレクターの前田晃伸さんが会いに行きました。

◎立派な鶏ですね。

そう、この鶏は良いたまごを産むんですよ。近所の養鶏場から五羽くらいもらったんです。年齢的にはもうおばあちゃんなんですが、調子いい時は五羽で3つか4つくらい産むんですよ。昼間は放し飼いにしています。

◎環境が良いからですかね。大きいし、のびのびしてますよね。

冬になって、毛のボリュームが増えて大きくなったのかもしれない。

MITOSAYAの中を自由に駆けめぐる鶏たちと、江口さん。

◎じゃあちょっとここで改めてお話を聞きますか。

…で、何を話します?(笑)

◎今日ここに来る前は、今の江口さんから見たカルチャーについて、お話しできたらいいかなと思っていました。以前までは、本当に面と向かって、世界のカルチャーの動向などと付き合ってこられたわけじゃないですか。今はちょっと一歩外から見ているような状況なのかなぁと。江口さんの今の暮らし方だったり、蒸留所についてのお話は他でもたくさんされていると思うので、あえて変化球なお話というか。

そうですね、せっかく前田さんと話すんだったら…

◎まぁ、この前のTOKYO ART BOOK FAIRの批評でもいいですし。(*取材は2021年11月下旬に行いました)

いやいやいや(笑)前田さんも行ったんですよね?どうでしたか?

◎そうですね。個人的には、アートブックフェアがどうっていうよりは、コロナ禍になって、やはり世の中が変わったんだなぁと感じましたね。

ああ、なんでだろうね。でも、会場もすごいよく出来てたし、見やすかったですよね。

◎見やすかったですね。フェアは良かったです。

そうですよね。フェアに行って思ったのは、2年ぶりに本の渦みたいなところにポンッと身を置いても、どういう風に本を見ていいか、自分がもうわかんなくなっちゃってるなぁと。何を手にとっていいかもわかんないというか。自分が本屋さんをやっていたときは、「あの人が書いた本」とか、「あぁ、これは今回この人がデザインしたんだ」とか、そういう流れや文脈が見えた上で、一冊の本の良さがわかって、これスゴイ良いじゃんってなってたんだけど。結局、知り合いのブースを回って、ちょっとおしゃべりしてたら、2時間の制限時間いっぱいになってしまって…。でも逆に、他に自分はどういう2時間の過ごし方ができたんだろう?って思うと、結構あれしかないかもなぁって。

◎たしかに、そうですね。

そういう意味では、本ってすごい魅力的なものだけど、理解するには、時間も知識も関係もいるものだなあって思ったんです。もちろんそれが楽しくて、僕は本が素晴らしいと思っている一方で、何も知識がなくても、口に含んだら「わぁ、美味しい」って感じる自然の魅力もある。実は、その両方があるのがお酒かなって。

植物や果実だけでなく、時には大多喜町のご近所さんから持ち込まれた昆布(!)まで、あらゆる素材を蒸留してお酒を作っているMITOSAYAは、実験室でもある。

◎なるほど。

お酒って、感覚的な瞬発力もあるし、語ろうと思えばいくらでも語る内容がある。お酒を作っている人もそうだし、飲む人も勝手にああだこうだと話を広げていく。これは自分でやってみて結果的に気づいたことだけど、お酒って良いメディアなんですよね。やっぱり今までの本屋での経験に通じることもありながら、そうじゃない新しい発見もいっぱいある。

◎はい、はい。

あとはまぁ、田舎だからっていうのもあるけど、この辺りには本屋さんとかが本当にないんですよね。もちろんネットで本は買うんだけど、本って買うまでのことが楽しかったりするじゃないですか。本屋さんでパラパラ読んだり、それこそブックフェアで人と話したりとか。そこの部分が今はバッサリ無くなっちゃってる。そこが僕にとってはフラストレーションになるんですよね。前田さんはどうですか?

◎僕も同じですね。あんまり本屋には行けていないので。ネットで買ったりとかはしますけど、そういうものとの距離感というかは、なかなか難しいですよね。

本のレビューやクチコミ、今はあんまり見なくなっちゃったけど、Twitterとかで誰かが紹介していて面白そうって思うこともあるし、それを買ったりする。だけど、自分が選んだ感が希薄というか。これがいいなって自分で思って、自分で手に入れたい。そこの主体性みたいなものを取り戻したいというか、自分の中にそれを持っておきたいなっていうのがすごくあるんですよね。その辺が自然相手のものって結構良い塩梅なんです。自然は別になんも押し付けてこないけども、結構主張してくる。突然すごい花が咲いたり、思いがけず実がたくさん出来て、早くこれを使わないと腐るとか。(笑)

みずみずしく実っていた夏みかん。畑は地元の農家の方々に貸し出したり、ワークショップも行っている。
この日はターメリックの収穫も。お酒の材料にも美しい黄色の色料にもなる。

◎そうなんですね(笑)

期限があって、今これがあるうちに収穫して乾かしてなんとかしなきゃとか。向こうからなんか言ってくるわけじゃないんだけど、すごいこう迫ってくる。でも、その頃合いがすごくちょうど良い。自分がやっているようだけど、実は全部操られているかもしれない(笑)。

◎じゃあ今はこの環境と自分とが向き合う距離感が大きいんですかね。その関係性がまずあって、それ以外のものがあるみたいな感じになってくるんですかね。

あぁ、そうだね。正直に言って自分から求めて行くことって、今はあんまりないんですよね。

◎本屋さんだったときと現在を比べて、自分自身、何が一番変わったと思います?

うーん。元UTRECHTスタッフの黒木くん、どうでしょうか?(笑)。

◎(元UTRECHTスタッフ、現前田デザイン事務所スタッフの黒木晃さん)えぇ!?(笑)。どうなんですかね。

そんなに変わってないと思わない?僕言ってることは全然変わってないと思うんだよね。

◎(黒木)そうですね。UTRECHTで一緒に働いていた人たちは、江口さんがUTRECHTを辞めて蒸留家になりますって言った時、たぶん他の人たちが驚くほどは驚かなったと思います(笑)。ビックリはしましたけど、「ああ、ついに本気になったか…」という感じで。

そうか(笑)。

◎(黒木)江口さんって、いわゆる本屋さんというよりも、ちょっと外側から本屋さんを見て活動されていたと思うので、今もその視点は変わっていないような。

それは本屋さんをやっている時なりの生存方法で、そのほうが結果的に本屋さんとしておもしろいものができるっていうつもりでやってたんだけど、結局それって「本屋さんにしてはおもしろい」という感じで。あと何十年もやるにはとんちが足りないというか、とんちも尽くした(笑)。それなら今までやってたことで場所を変えたり、職業を変える方が結果的にもっとおもしろい本屋になれる。今もお酒を作ってるけれども、お酒を作りたいのか?って言われたら、どうかな…って部分もあって。お酒を作りたいというよりかは、お酒を作るような環境を自分の中にもって、そのなかで自分がおもしろいかっていうのを考えていくっていうのに近い。だから黒木くんが言ったみたいに、やってることは本当に変わらない。

さすが、かわいいライブラリーもある!

◎なるほど。

まぁでも、デザインの仕事もそういう感じじゃないですか?同じフォーマットの中でどれだけやれるかという。

◎確かにそうかもしれないですね。

僕自身は、デザインやアートが好きだけど、そういう能力があるわけではないし、本屋さんの時にいろんな能力や才能がある人たちをいっぱい見させてもらって、「あぁ、これは敵わんなあ」って。まぁ、対抗する必要はないんだけど、彼らと違いを出すには、あえて自分の環境を変な風にしちゃうしかないかなって。そういう生き残り策みたいなところもあるんですよね。

◎いやあ、素晴らしいですよ。

恥ずかしい(笑)

◎でも、こんなにこの蒸留所が広い場所だとは思わなかったです。ここで働いている方は何名くらいいるんですか?

製造に関わっている人が2人いて、庭仕事が2人。あとは妻の祐布子(*山本祐布子さん)のお茶作りや、発送作業をしてくれるパートの方が2人。だから6人。毎日来るわけではないんですけど。

◎なるほど。江口さんは1日この蒸留所で過ごすことが多いんですか?

そうですね。他に畑をやってるところに行ったり。でもまぁどうしてもデスクワークが侵食してくるので、それをなんとか押しやりながら。

◎なんだかんだありますもんね。

ビデオミーティングもあるし、もう少しすると子供が学校から帰ってきちゃうんですよ。そうするともう何もできない(笑)。16時半くらいに帰ってくるから、今うちの定時は8時半から16時半です。まぁメリハリついていいかもしれないけど。

◎そういえば、先ほどMITOSAYAを案内していただいている時にデザインについて話したいっておっしゃってたのは…

あ、その話してもいいですか?(笑)そして僕が最近始めたPodcastで流してもいいですか?

◎いいですよ(笑)コラボ企画ですね。

やった!そしたら、僕のレコーダー持ってきますね。

(江口さんレコーダーを持ってくる)

お待たせしました。

◎(黒木)こんなふらっと急に始まるんですね(笑)。

この続きは、「Distillery Class」のPodcastで。。

江口宏志

蒸留家/ mitosaya株式会社 代表取締役
ブックショップ[UTRECHT]、[THE TOKYO ART BOOK FAIR]元代表。蒸留家クリストフ・ケラーが営む、南ドイツの蒸留所、Stählemühleで蒸留技術を学ぶ。帰国後、日本の優れた果樹や植物から蒸留酒を作るための候補地を探し日本全国を訪れる中で、千葉県大多喜町の薬草園跡地に出会う。2016年 mitosaya株式会社設立。現在は主任蒸留家として製造全般に携わる。

Interviewed, Photographed by Akinobu Maeda
Cinematographed by Akira Kuroki