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THE FANTASY OF VINTAGE BOX SHOP

 「まだこの世にない、新しい商売」を考えるのが趣味で、毎日のように思いつく。「全国のお雑煮が食べられるレストランがあったらいいんじゃないか」「プロのミュージシャンがバッキング演奏してくれるカラオケサービスはどうだろう」「無料でもらえるファッションブランドのカタログを何十年分も溜めて古本屋を開いたら」etc, etc…もちろん思いつくだけで実際に商売を始めることはないのだけれど、一種の思考実験みたいな感じで、編集アイデアの訓練にもなる。というか、考えるのがほとんど癖のようになっていて無闇に湧き出てくるので、身近な友人などに興奮して懸命に“プレゼン”しては、苦笑いされて終わるのが常だ。

 そうした数多くの「この世にないけどあったらいい」商売のひとつとして時々夢想しているのが、「古書店」ならぬ「古箱店」。商品パッケージとしての箱、つまり中身(本体)ではなく“ガワ”だけを売る専門店である。なぜだかわからないが僕は子供の頃から「箱」が好きだった。古着屋でたまに見かける、デッドストックのシャツが入っている紙箱なんかやたら惹かれる。ほとんど商品よりもパッケージが欲しいだけというときって、あるよね? もしかしたらブランドビジネスの本質かもしれない。しかし同じパッケージでもビニール袋やブリスターパックなんかには特にそそられないので、やはり箱そのものが好きなのだろう。それも紙箱でないといけない。木や金属、ましてやプラスチックやアクリルではまずい。できれば厚い紙でできた、しっかりしたつくりの箱がいい。ヴィンテージ・ショップや蚤の市で好みのデザインや質感のものを見つけると、思わず手が伸びる。

オークランドのアンティーク・マーケットで買った〈フレッド・マイヤー百貨店〉の紙製コースターの箱とか、

日本の骨董店で見つけた〈パピリオ化粧品〉の佐野繁次郎デザインの白粉ケースとか。

 グラフィックが何も描かれてない箱もそれはそれでいい。〈無印良品〉の紙箱はベージュとダークグレーがあって端正な佇まいが魅力的だが、紙質が硬すぎるのと上蓋が深すぎるのが難点だ。〈HAY〉が作っていた「BOX BOX」というカードボードボックスのシリーズは色も形も悪くないが、ブランドロゴがなければもっと良かった。「箱評論家」もまだこの世にないだろう。

 ちなみに本を保存するための「函」(なぜか慣習的にこの漢字が当てられる)にも好きなのとそうでないのがある。中でも「貼り函」と呼ばれる、チップボールなどの板紙を型抜きして組み立てた箱に化粧紙を貼って仕上げるタイプが好きで、特に昔のものはたいていガッチリとして美しい。つい先日、鎌倉の神奈川県立近代美術館別館で展示が行われていた、工芸的で美しい装幀本を出版し続けた「湯川書房」(2008年終業)から刊行された津高和一の句集『断簡集』の函はサイズ、色、厚さまでお気に入り。

 こうした書籍の函はどんどん需要がなくなって、実のところ作れるところがもうほとんどない。1924年創業で約100年に渡り書籍函を作ってきた「加藤製函所」も2020年に廃業(HPだけがまだ残っているので見てみて)。職人の手技で生み出される貼り函の技術が廃れるのは寂しい……と思って調べてみると、どうやら二子玉川に「BOX&NEEDLE」という「貼り箱専門店」があるらしい。世界中のさまざまな紙を使って、いわゆるギフトボックス的な貼り箱を制作・販売しているとのこと。HPを見ると、「BOX&NEEDLEは、京都の老舗紙器メーカーによる世界初の箱店です」としっかり書いてある。やはり世界初なのだ。それなら、僕の考えた「古箱店」は確実に世界にないだろう。

 ……とまあそんな話を友人の女性に得意顔で話していたら、彼女はすっかりあきれたという顔でこう言った。「井出くんは自分だけが思いついたと思っているけれど、そんなのは過去に誰かがとっくに思いついているのよ。だけど、諸条件を考えて検討した上で『商売として成立しない』と判断したからこの世にないんだよ」と。本当にそうなのかなあ。やっぱり需要がないのかね。世界初の古箱店、僕は行ってみたいけれど。

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Written by Kosuke Ide / Editor in Chief of Subsequence Magazine
Photographed by Katsuhide Morimoto