島根県にいる。
急にそんなことを言って申し訳ないけど、さらに個人的なことを言えば、東京の家賃を気にしながらもう1ヶ月以上ここにいる。
先日は例年よりも早く里にも初雪が降った。スエットで過ごしていた日々が急に終わる。最近の季節の移り変わりにはグラデーションがない。
とはいえ、少し前から冬は確実に始まっていた。11月の初旬にはズワイガニの初せりがあり、魚屋やスーパーの店頭にも一般庶民用の蟹が並んでいた。正直言って、これまではあまり興味を持たないで生きてきた。旅館や居酒屋で食べる冷凍ものに特筆すべき出会いはなく、目が飛び出るような高価な蟹グルメ情報とも無縁を決めていたからだ。
はい。狭量でした。稚拙でした。愚かでした。ごめんなさい。
蟹はうまい!
山陰といえば出雲大社でしょ、蟹でしょ、という友人が先日訪ねて来てくれた際に、ここは島根県でも出雲大社からは遠いけど、鳥取県の境港の蟹ならあるよということで、地元の寿司屋が教えてくれた魚屋に行き、生きている蟹を買ってみた。一匹約3000円。脚が数本かけているのでタグなし。なのでこの値段。ちなみに、蟹は生きている時は匹、死後、一杯とか一枚とか言うそうな。自宅の水道水に15分浸して昇天させ、その後塩水で20分程度茹でる。蒸した方が美味しいらしいけど、素人なので手堅くいく。
ポン酢も蟹酢も何もいらない。カニハサミとカニフォークはあった方がいい。どちらも100均で買える。口の中から脳天直撃の“蟹の味“で全身が満たされていくのがわかる。蟹を触った指先を舐めるだけでも日本酒が進む。
甲羅の味噌と言ったらもう。よくわからない白いぶよぶよさえ芳醇な蟹味だ。
あとのことはよく覚えていない。爪や脚の身をほぐして甲羅の味噌と混ぜて白ワインと共に食べたり、身を食べたあとの甲羅に日本酒を注いで飲んだり、という普通のことをしたと思う。炊き立ての白いご飯に乗せて食べていたという証言もある。
こうなると、メスの卵はどんなことになっているのかという興味も湧いてくるのだけど、魚屋さんによると、今の時期の雌蟹はまだ小さくて、“親がに“としてスーパーなどで数百円で売られており、地元では味噌汁などにするのだという。産卵という大事業のために、メスの蟹はあまり大きくならないんだって。
そんな蟹市場の活況の裏側で、残念なこともある。この時期にたくさん獲れるはずのモサエビという、そのまま焼いただけで味噌が全体にコーティングされ強力な“エビ味“を供するエビや、エノハという金魚よりは大きいけど高価なランチュウよりはスリムな魚(トップの写真参照。小さいけど身の骨離れがよくて、煮ても焼いても、特にお吸い物にすると言葉を失う美味さ)が市場に出回らなくなることだ。
食べる人も漁師さんも、蟹のことばかり考える季節なのである。
Written & Photographed by Keiko Yamamoto / Editor