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CHANCE ENCOUNTERS WITH PERFUMES IN SEOUL

ソウル、冬の夕焼け

旅には意外な出会いがつきもの。私のそれは香水だった。
2018年の12月、私は友達とソウルに旅行していた。一緒に行ったうちの一人は無類の香水好きで、日本には未入荷の香りがソウルで買えると言い、江南区・新沙洞の裏通りのお店を訪れた。名前は「メゾン・ド・パルファン」(Maison de Parfum ハングルでは메종 드 파팡 読みはメゾン・ド・パパンに近い)。

お店の棚には、セレクトされた異なるブランドの香水が置いてあった。とくに多かったのは<ラルチザン パフューム>。今はもう手に入らない昔の限定版も置いてある。もう一人の同行者は香水に目覚めたのがラルチザンだったそうで、私たちは興奮しながら色々と試香して回った。すると、店主らしきお兄さんが英語で「どんな香りが好きなの?」と話しかけてきた。調香もしているらしく、バックヤードから実験中の香りのサンプルを持ってきてくれる。「あ、これ好き」「これもいい匂い!」と反応していくと、「君はお酒の香りが好きなんだね」と言い当てられた。たしかに、ラルチザンの「フー アブサン」という、ゴッホを狂わせたことでも有名なアブサン(ニガヨモギ酒)がテーマの香水を使っていたと答えたけれど、その他に試香したものから分析するに、私はジンやラムといったハードリカーの香りがどうも好みらしい。一年のうちに休肝日が数えるほどしかない身としては、痛いところを突かれた感じ(笑)。

そうして、「君たち日本にいるのに知らないの?」と紹介してくれたのが<フエギア 1833>だった。調香師のジュリアンともお友達とのこと。私は帰国するなり、六本木のグランドハイアットにあるフエギアのショップに行ってみた。たちまち虜になり、今もメインの香水はフエギア(中でもマイファースト・フエギアの「ビブリオテカ デ バベル」をリピートしてる)になったわけだけど……。

海外に行けないコロナ禍を経て、ぴったり4年後の2022年12月、私はソウルにいた。
そして「メゾン・ド・パルファン」へ。フエギアに全員まんまとハマったのだから、今回だってきっと好きな香りに出会えるはず。
調べた住所の1階はパン屋さんで、??となってぐるぐるしたのち、階上にあることがわかった。4年前は路面店だったがビルの上階に移転したらしい。入ると、小さいながらもしっかりとデザインの統一された美しい空間が現れた。おしゃれでキュートな店員さんが、色々と案内してくれる。なんとオリジナルの香水もローンチされたとのこと。ボトルやラベルのデザインは、店名同様至極ストイックだ。あの時のお兄さんはオーナー(キム氏)であったことも判明した。香水のセレクトショップは日本でも見かけるけれど、こんなふうにオーナーの顔が見えるのは珍しいような気がする。気になって、話を聞いてみた。

ショップのオープンは2010年。場所は日本の人にもよく知られたカロスキル、ラルチザン パフュームの専門店として始まった。他にもフエギアなど、オーナーのキム氏が世界中からセレクトした色々なブランドの香水も置いていたそうだ。そして2015年が転機となる。多くのニッチ香水ブランドが次々と大手に買収されるようになったからだ。この時の変化は私もなんとなくわかる。多くの人に行き渡る良さがある反面、何か香りが変わった感じもして、違和感を覚えることもあった。
そこでキム氏は既存の輸入香水にだけ頼るのではなく、自ら調香師とコラボレーションをして新たな香りをつくることを決心する。最初のお相手はDora Baghriche。ラルチザンや<オルファクティブ・ストゥディオ>などで活躍していた調香師だ。そうして、「メゾン・ド・パルファン」の最初のラインができあがった。

今や「メゾン・ド・パルファン」以外のブランドの香水もプロデュースしているというキム氏。この1月にはスペインから<27 87>の新しいラインをリリースしたばかりだという。

こういった仕事の数々を聞くと、ショップだってもっと大々的に展開できそうなものだけれど、むしろ以前よりも小さくなっている。個人的にはこんなふうにCozyな空間で、香りに詳しい店員さんとおしゃべりしながら選べるのは本当に贅沢だし楽しい。香りは何よりその場にいないと嗅げないし、つける人の体温や体臭によってもガラリと変わる。試香紙では気に入っても自分の肌には合わないことだってしょっちゅう。だからこそ、店頭での意外な出会いはアドレナリンが出るほどに興奮する。時間の経過とともに変化する自分の手首の香りを嗅ぎ、また店に戻ったり……。そういう密やかな営みが、香水選びの醍醐味だと思う。

4年前の思い出を店員さんに話しつつ、香りを試させてもらう。彼女が、「ここから外に出られるよ」とドアを開けてくれた。気温が違うと香りも変わるからだ。ビルのデッキに立つと、夕暮れが見えた。日本よりだいぶピリッと冷える空気の中で、思い切り鼻から息を吸う。脳の奥が甘美な香りに包まれる。こうなったらオリジナルのどれかは欲しい。二つの香りで迷ったけれど、冬にぴったりの甘くて濃い「HOLY OUD 2014」に決めた。名前の通りウードが基調で、サンダルウッドの香りが混じる。かなりの時間を過ごした後、香水の包みをぶら下げて私たちはまたソウルの街を歩いた。

いっそう密やかな空間となったメゾン・ド・パルファンから臨んだソウルの夕焼けは、旅の意外な出会いの記録として、その香りとともにしばらく頭から離れそうにない。

今のところオリジナルの香水は店頭でしか販売していないそうで、そんな控えめなところにも徹底した美学を感じてしまう。

Written & Photographed by Satoko Shibahara / Editor, Writer