• A ROOM OF ONE’S OWN

GALOP D’ HERMÈS

ギャロップ・ドゥ・エルメス

これまで腕時計がほしい、となると見に行くのはアンティークを扱うお店だった。
現行のものならカルティエのタンクやロレックスのオイスターのような王道のものか、もしくはスウォッチのワンスアゲインとか。
パテックフィリップやブレゲのミニマルな文字盤も好きだけれど価格も含め今の私には似合わないんじゃないかと思ってる。
時計のような機能としての役割があるものって美しさとのバランスの黄金比みたいなものがある気がしていて、新しいデザインを生むってすごく難しいよなあ、と感じていた私にとって、エルメスの展示会で「新作です。」と紹介されたこの時計との出会いはありふれた言い方しかできなくて悔しいけれど「衝撃的」だった。
思いがけない出来事によって心を激しく揺さぶられる様、まさにそんな感じ。

鐙をモチーフにした縦長の台形のような形や、文字盤にゆるやかに置かれた数字たち、そこから繋がれた細いベルトも。今まで見たことがないのに、時計として不安にさせない強さと説得力があって、新しい!そして美しい!と興奮し、すぐに雑誌の自分のページで紹介した。
値段には悩んだけれど老いた後の日にもきっと着けている自分の姿が浮かんだし、仮にあと50年生きるとして日割りで計算して買うことに決めた。
この美しい「ギャロップ・ドゥ・エルメス」を生み出したデザイナーのイニ・アーシボングはナイジェリア人の両親を持つロサンゼルス出身の35歳。
エルメスとは初めてのコラボレーションにして初めてのウォッチデザインだという。
私がこの時計に強く惹かれた衝撃を裏付けるように、彼の愛読書は谷崎潤一郎の陰影礼賛だと知る。
古典に宿る美、そこから繋がる今、そして未来。
信号待ちのハンドルにふと目を落とす時にも、新しさとは?と問いかけてくるようで背筋が伸びるのだ。

東京で仕事をしているスタイリストのYuriko Eにとって、クルマは特別な空間、自分だけの部屋。運転席から綴る、その日の相棒の話。

Written & Photographed by Yuriko E