山に登る自分の姿、ちょっと前までそんなの少しも想像できなかった。それが今では気がつけば山を想っていて、仲間と登った日の写真を見返しては次の山のことを考えたり、あの山は今日良さそうだなあと行けるわけでもないのに天気やルートを調べたりしている。深夜に家を出て登山口まで車を走らせる時、真っ暗な街からだんだんと山に近づくにつれ色づいてゆく窓の外の景色も好き。
きっかけは何だったんだろうと思い返す。息子の学校の合宿が登山だったために彼の登山靴を買いに行ってなぜか羨ましくなり、既に山を楽しんでいた友人に軽い気持ちで私も行きたいなあと話すと、「いーちゃんは負けず嫌いだからきっと登れると思うよ」と言われた。負けず嫌いだから登れるってどういうことなんだろう、その言葉にも触発されたような記憶。(やっぱり負けず嫌いだからなのか)
息子と一緒に山に登る予定もできて初めて買った登山靴をせっかくだからたくさん履きたい、そんなはじまりだったんだ。
7月末に登ったのは槍ヶ岳。
身体はたしかにくたびれてゆくのに心はどんどん生き返る。どうして街では少しずつ呼吸が下手になっていって、悪いことにそれに気づけないのだろう。山では深く深く吸い込める。身体の中に新しい巡りが起こり、水を飲めばしみじみ満たされ、手のひらや足の裏では土や岩との対話。お腹の中から自分の出せる一番大きな声で叫んだヤッホーが向こうの山まで飛んでゆく。槍ヶ岳といえば憧れの存在で、そのためにサングラスを新調して挑んだのだけれど、いつもの癖で外したものをシャツの胸元にひっかけたまま川に勢いよく頭を浸してしまって、ポチャーンと音がしたと思ったら新品のサングラスが水の流れの中に消えてしまうというショッキングな出来事もあった。だけどそれ以上に、川の味の素晴らしさに心が喜んでいて、比べれば安いものだとさえ(本当は安くないのだけれど)思えてくる。
街にもどってからもまた次の山や、冬のスキーのことなんかに思いをめぐらせる。やっぱりサングラスは必要だ。買い直さねば、そして今度の相棒はもしかしてこのブランドなんじゃないか。Sweet Protection。
ノルウェー生まれのブランドで、スキーやスノーボードをするときに頭を保護するヘルメットや、ゴーグルなどのアイウェアを作っている。ブランドの成り立ちをウェブサイトで読んでいたら、ブランドを始めるずっと前、彼らが最初に作ったのはスケートボードと秘密のスケートランプだったと知って急に親近感を持ってしまう。我が家にも小さなスケーターがいるからだろうか。すぐに槍ヶ岳に連れて行ってくれたスプートニクの遠藤さんに相談をした。スプートニクは海外のアウトドアブランドを輸入して販売する会社だ。Sweet Protectionなどの北欧ブランドをはじめ遠藤さんが世界を旅して出会ったさまざまなアウトドアブランドを扱っている。
遠藤さんは槍ヶ岳で5人分の食糧と調理器具を一人で背負って山の上のレストラン(ある日は本格中華麻辣火鍋からの〆の海老蕎麦、ある日は前菜からはじまりペンネアラビアータやポルチーニのリゾットなど)を連日開いてくれた山遊びの達人であり、私たちの頼れる隊長、C.L.(チーフリーダー)だ。ゴーグルを作るメーカーだからレンズの性能はすごくいいですよ、と遠藤さん。私の目は太陽の光に弱くて、眩しさに涙が止まらなくなってしまう。山の日差しは街よりも強いから、サングラスは欠かせない。アウトドアのものは派手な色のものが多いけれど、山でも色を纏えない私はやはりここでも黒。また別の日、太陽燦々の浜辺にて試着をさせてもらう。HEATというモデルの銀色したミラーレンズ越しに見上げると、目を逸らさずにずっと見ていられる、ずっと見ていたい空。
Sweetな新しい相棒との最初の旅は夏の終りの海だった。秋の山にも行こう。冬になったら雪山へ。晴れた日のドライブにも心強い。これから一緒に、たくさんの旅をしよう。
サングラス<Heat Rig Reflect Matte Black – Rig Obsidian Lens> ¥19,800(Sweet Protection/スプートニク)
東京で仕事をしているスタイリストのYuriko Eにとって、クルマは特別な空間、自分だけの部屋。運転席から綴る、その日の相棒の話。
Written & Photographed by Yuriko E