歩くのはいい。歩いていればたいだい愉快になる。道端の花が咲いたのも、チャーミングな落とし物にもすぐ気がつける。と、ずっと思っていたのだが、ある日とつぜん車が欲しくなった。あれはなんだ、第二の部屋というやつなのか。 動く私の部屋? 良いかもしれない。身軽なのが第一と思ってきたが、大きくて厄介なものを所有する喜びもあるのかも。愛車をもつ友人たちを観察すると、皆、それぞれ納得の一台を愛でている。私の一台はどれか。街やインターネットで捜索しては悩み、この一台を夢見ては出会えない日々がしばらく続いた。
2年近く経ったろうか、それは突然あらわれた(恋)。何を買ったかは内緒なのだが、その車は内装がすべて灰色の濃淡で彩られていて、それがとてもシックだと思った。自分が前に一番頻繁に車に乗っていたのはたぶん小学生、祖父に習い事の送り迎えをしてもらっていた頃なのだが、その車の少しカサっとした埃っぽさや、陽に灼けたシートの匂いに、なんだか似ている気がした。
そしてその私の一台にはカセットデッキがついていた。
カセットテープ。音楽好きの間でしばらく前から見直されているのは知っていた。だが自分はすでにSpotifyを知ってしまった身。もう決して戻ることはない、と思っていたのだ。だか、期せずしてここにあるのだから聴かない手はないよね、とあっさり転向する。
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まずは学生の頃に友人と交換しあった編集テープ(一曲づつ好きな曲をCDラジカセでダビングしてつくるオンリーワンのテープです)を引っ張り出す。よく聴いていたものは伸びてしまっていて音がぐにょぐにょと高く、記憶で補正しながら聴く。
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テープをかちゃりと入れて、真ん中が抜けたような音を聴きながら通りを走っていると、なんだかずうっとこの車に乗っていたような気がしてくる。親が持っていたはずの竹内まりや、山下達郎や荒井由実のテープはまだとっておいてあるだろうか。次に実家に帰ったら訊いてみよう。
Written & Photographed by Natsuko Yoneyama / Graphic, Editorial Designer