マスクを作り始めたのは12年前。当時のノートにはこう書かれている。
「マスクは異界や異世界へと続くゲート。例えばTシャツにジーンズ姿であっても、そこにマスクを被るだけで、人は現実から非現実に越境することができる。理解のできない別世界の住人になることができる。その門の向こうでは、言葉は詩になり物語になる。」
30歳の僕は、本気でこんなことばかり考えていた。マスクの、そんな役割を気に入っていた。
そして時は2020。43歳になった今も、あの頃とだいたい同じようなことを考えながら、毎日チクチク縫いものをしている。困ったことに、マスクはすっかり別の意味を持ってしまった。この世の何かを象徴するものになってしまったマスクは、別世界の物語を覚えているだろうか。
10月20日、友人からの電話で、小沢健二さんが僕の作品を必要としていることを知る。ただでさえ普通じゃない2020年が、ここに来ていよいよますますその奇妙さを増す。僕は、出会うべくして出会う必然の意味を理解する。
あれからひと月が経った。そのうちの3週間は、朝から晩まで夢中で過ごした制作の日々だ。異界、異世界、非現実。かつて制作の果てに見たあの景色に帰ることは、もはや叶わないかもしれないと思った。それでもとにかく、僕はこれからも僕のキツネを追うことに決めたのだ。たとえゲートが閉ざされていようとも。
追記
僕はこのキツネの、夜中に書いた手紙のようなところがとても気に入っている。
生地が歪むほどに必要以上に糸を引っ張りながら縫う僕の手ぐせは、僕の文体そのもの。あるいは便箋に残る筆圧だ。
受け手の人たちのことを思いながら針に糸を通した。作りたい衝動は最後まで濁らなかった。
11月24日生配信された小沢健二「キツネを追ってゆくんだよ」のために制作したキツネのマスクについての話。