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TALK WITH BAEK-SAN

アーティスト/ペインターのベック・ヒョワンさんに、アートディレクターの前田晃伸さんが会いに行きました。

新しく始めるプロジェクトのために『TOO MUCHマガジン』の編集長辻村さんと夏のソウルへ。坂が多い街にある本屋「POST POETICS」から「PDF SEOUL」へハシゴしてノソノソと『TOO MUCHマガジン』の10号を持ち込む。お店を出たところで「明日の取材の通訳をしてくれるベックに今から会います」と辻村さん。ベック?ルーザー?誰…?といった感じで知り合った韓国人アーティスト(通訳ではない)のベックさん(Hyoweon Baek)が、代々木上原のVACANTで展示するというので会期ギリギリの7月の半ばに会いに行ってきた。(前田)

◎こんにちは。先日はとても助かりました!ベックさんはアーティスト/ペインターでいいんでしょうか?

そうですね。

◎今回の展示「美しき影/Tangible Shades」はベックさんの記憶をモチーフに描かれた作品ですよね。色が綺麗で、独特の質感がありますね。これは何を使ってるんですか?

岩絵具です。独学なのでニカワの扱いもよくわかっていなかったですが、研究して4、5年前くらいから使ってます。日本画の作家とは全然違う使い方しているのもそういったことが関係しているかもしれませんね。

◎へー。韓国にも岩絵具ってあるんですか?

はい。お寺の室内とか屏風とかで岩絵具は使われています。

◎なるほど、日本のカルチャーのルーツの一つに朝鮮半島がありますから、当然ですよね。以前展示されていた作品は人物だったり、何かしらのシチュエーションでしたよね。今回は抽象的なアプローチがとても新鮮でしたし驚きました。心境の変化などあるんですか?

過去の作品も見てくださったんですね。嬉しい。実のことをいうと以前の展示は、そのときどきに私が惹かれている事柄を描いていくという感じだったんです。でも、将来的にずっと絵を描いていきたいと強く思った時、私が本当に描きたいものはなんなのか?と考えてみたんです。

◎とても美しい色彩で、なんか風景のように見えるし、飛行機とかモチーフ的なものもあるように見えるし、絵に空間を感じるっていうか奥行きがある。面白いです。あの絵はヤナギなんですか?

そうなんです。

◎湖畔だと思ってました…。

最初は1本のヤナギが浮かんだんですよ。何枚もスケッチしていくと一本のヤナギという記憶じゃなかったんです。すごく曖昧な記憶だったからなんとか思い出してずっとずっと考えて何回もスケッチし直していく中で風景に変わっていったんです。

◎素晴らしいプロセスですね。

私は今までポートレートを多く描いていたんですが、モチーフが認識できると物語がそこで終わるじゃないですか。できれば、様々な人が私の作品を見てそこから物語が生まれる。ずっと変わっていく絵になってほしいから、その余地を作りたいと思ったんです。

◎ なるほど。

実際に書いたものを数えたら3000枚以上描いていたんですよ。

◎そんなに!

本当にパニックになりながら展示できないかもしれないと準備してました。

◎ベックさん、落ち着いて見えるからテンパることなさそうですけど。

すごくあやふやな記憶ってあるじゃないですか。

◎ありますね。記憶を描くって改めて難しい作業ですよね。

はい。記憶を絵にするのが最初すごく難しくて、頭では分かるけど、すごくモケモケしてて、絵には描けないっていうのがかなり多かったんです。一度、自分で文章に起こしてそこからヒントを見つけて、本当に地図を描いていくみたいな感じでした。これからも抽象画を描いていきたいですが、今の自分はまだ描ける準備ができてないかもしれないと思うこともあります。アグネス・マーティンとかマーク・ロスコみたいに自分の哲学がしっかりしていったら、ブレがなくなる気がするんです。今はその過程にいるのかもしれません。

◎千葉にある「川村美術館」って行ったことありますか? 

ないです。

◎美術館の奥にマーク・ロスコの部屋があるんです。薄暗い部屋の壁にロスコの巨大な絵画が何枚も展示されていてとても素敵なんです。フロアの真ん中に椅子があってずーっといられる。なんか座っちゃうんですよ。

行ってみます! 

◎ちょっと遠いけど、もうすぐ閉まっちゃうらしいですよ。

私、薄暗い空間に興味があるんです。岩絵具って鉱物だったりするんです。鉱物だから光があたるとキラキラする。岩絵具しかない時代って蝋燭の光しかなくて、蝋燭の光の揺らぎで絵が動いて見えるのがとても素敵で、実はそれをやりたいと思っているんです。当たり前ですが、当時は電気がないんですよ。蝋燭の火で見てるんです。

◎面白いね。確かにベックさんの絵の質感が陶磁器に似て見えたりするのはそういうことなんですね。池袋で定期的に行われているミネラルショーに行くといろんな鉱物あって楽しいですよ。そこにいる人たちも個性的だし。

(笑)行ったことあります。ミネラルショーに行って鉱物を買ってきて自分で砕いて絵の具にしようとしたこともありました。岩絵具って0番から12番まであって、0番が一番細かくて本当に粉みたいな感じで、12とかどんどん数が大きくなると粗くなるんです。水銀だったり危ないのもあるので結局、世界堂で買うことにしました。

◎気をつけないとね(笑)

父の弟、私の叔父が科学者なんですよ。若い時からニュージーランドで人工ダイヤモンドを研究している科学者でして、すごい優しくて子供の時よく遊んでもらっていました。叔父曰く、鉱物って中に酸素があるんですって。中に酸素を含んでるから地球温暖化とか映画『ウォーターランド』みたいなことが起きたり、陸がすごく少なくなった時、鉱物に可能性があるからものすごい価値があるよって言ってたのが記憶に残ってます。そこから鉱物って面白いと思うようになって、鉱物が好きになったんです。

◎面白いね!実は鉱物がベックさんの活動に大きな影響を与えているかもしれませんね。今後は屏風だったり、陶器だったり、平面と立体の間を行ったり来たりするのがいいんじゃないですか? 

うん。ですかね。ゆくゆくはデリケートな素材もあつかいたいです。シルクに描くとか。

◎いいですね!

白涍園(ベック・ヒョワン)Hyoweon Baek
1991年韓国・ソウル生まれ。2011年に来日し、武蔵野美術大学大学院造形研究科を卒業。現在は東京と韓国を拠点に活動。これまでの個展「BAROQUE」AL (東京, 2019)、「dialogue」AL(東京, 2017)。グループ展「Silent Resonance」Galerie Lulla(LA, 2023)、「The Organic Society of Lines and Colors Chapter 1」UNDER the PALMO(神奈川, 2020)など。
https://www.instagram.com/baek1030/

EXHIBITION
“美しき影 / Tangible Shades”
白涍園 / Hyoweon Baek
2024.6.29 sat – 7.21 sun
at Vacant/Centre

Interviewed, Photographed by Akinobu Maeda